車に乗ると人格が変わる理由 (2001/10/18)
車に乗ると人格変わるって言う人多いですよね。人間の感覚って、生身の人間が本来持っている能力に合わせて形成されてると思うんですよ。
車って人間が走る速度よりも何倍も速いスピードで移動してるからそれだけで興奮状態にあると思うんですね。
でも車に乗って人格変わる一番の理由はどうやらそこには無い。
だって、バスに乗って人格変わる人っていないですよね。ジェットコースターとかも。車でも助手席なら人格変わらない。
だから移動速度は直接関係ないですね。
人間は自分の得意分野では声が大きくなる。自分の意見に自信が無かったら自然と声が小さくなる。面白いもので。
表に出さないように気をつけていても、自分が今立っている状況に応じて態度は変わるものだ。
日常生活ではどこに行っても地位とか立場とか順位って言うものが付きまとう。
道路に出たら車の能力、豪華さが地位の高さになる。
(ここで使う「地位」は人間の価値ではなく、「えらくなった気分(=思いこみ)」を指す)
運転することによって自分が車と一体になり、車の能力が自分の能力であるような錯覚に陥る。
お金を出せば地位が手に入るのだから多くの人が車に大金をつぎ込むのも極自然なことだ。
リッパな家も地位を高める材料になるが、車はあちこちに自分の地位を見せびらかしながら回れるんだから。
人間って本来身勝手で攻撃的な生き物で、それを抑制しているのは恐怖心なんですよ。きっと。
他人から中傷される、否定される、嫌われることの恐怖心。
周りにいる人間は知らない人ばかり。しかも自分はその場にとどまらない。(絶えず移動してる)
そうなると回りの人間に嫌われるという「恐怖心」もどうでもいいものになってしまう。
こうやって考えて行くと、車って人間の醜い利己心があらわになる要素が見事にそろっているような気がしますね。