全て生きている…のかも(その1) 言葉は生きているのか (2007/09/18)

「言葉は生きてる」

…なんて、「例え」ってうか、「詩的な表現」であって ホントに言葉が「生きてる」なんて思ってる人はいない。
でも…本当に言葉は生きてないのかな。

昔書いて公表した文章が 数年後に違った意味を持ったり、より強いパワーを持って迫ってくることがある。
この文章は輝いてるなって思うことがある。

口にして誰かに聞いてもらうことによって、或いは文章にして人目に触れることによって、
言葉が成長してイキイキと光を放っているのかもしれない。
書いたけど公表しなかった文章は不思議な事に輝いてないんだよ。
人目に触れる機会が無かったせいで、言葉が成長する機会を失って死んでしまったのかもしれない。
言葉が成長して輝きを増す事もあれば、衰弱してしまうこともある。
「言葉」 は 「生きてる人間」 から出てくるんだから、生きてても不思議は無いよね。

言葉って元々自分ではない誰かに何かを伝えるために存在する訳で、
この世に自分一人だけだったり、あるいは誰にも何も伝える必要が無ければ、言葉は必要ない。
つまり言葉は誰かに伝えなければ意味が無いっていう事になる。

本来の目的である「伝える」事を果たした言葉がイキイキと成長することも、
本来の目的を達成できなかった「言葉」が衰弱して死んでしまうことも、
十分ありうるし、理にかなってると思わない?