札幌のツーリングクラブ Team B-Fineです

BMXフリースタイル面白かったなぁ。スケボー女子のパークは日本が金銀を取ったけど、4位に終わった子が一番スピード感あったし技も女子離れしてて派手だった。あの子が最後の技決めてたら多分ダントツ一位で、日本が金銀銅を独占してたんだな。

更新情報

ツーレポ平日組1回目
ひとりごと「開会式」
ひとりごと「歌姫ベスト100」
ひとりごと「不適切な名称」
ツーレポファーストラン
ひとりごと「新しい音楽」

Team B-Fine 概要

■概要■
1993年に発足。 今年27年目に入りました。札幌を起点に 日曜組と平日組 の2チーム体制で活動しています。

■参加希望の方■
LINE@からお申し込みください。詳しくは「おしらせ」をご覧ください。

たいちょのひとりごと

東京オリンピック開会式。素晴らしかったですね。

ギリギリまで開催の可否も議論され、時間もなく、
無観客その他各種制限によって五輪収入は激減し、コストもかけられない、
更に直前に相次いだ担当解任。
そんな中で、よくここまでやったと思うよ。ホントに。

開会式って、開催国の技術を見せつける場っていう面もあると思うんだけど、
今回、世界の度肝を抜くすんごい技術っていうのは特になかったと思う。
(ドローンはすごかったけどね)
こんな状況の中、それはもうしょうがない。

ただね、生ピストグラムは素晴らしかったと思う。
デジタル技術だけが世界に見せつけるべきものではない!
こんなアナログパフォーマンスで、こんな素晴らしいエンターテイメントができるのだ!
世界に向けてやったったなぁ~!ってマジで思った。


入場行進の時間って結構長いんだけど、飽きずに観れた。
ゲーム音楽を使うというのもいいアイデアだったと思う。

数年前に冬季アジア大会の開会式に行った事がある。
遠い国からわざわざ来てくれてるのだから、
地元の人は見に行くべき!歓迎するべき!って強く思った。
今回の無観客はつくづく残念。大歓声で迎えてあげて欲しかった。

全く聞いたことが無いような国があったり、
独立・分離で国名が変わった、なんて日本人の感覚では信じられない事も、世界ではある。

紛争・クーデター中の国から来てたり、
過去に一度もメダルを取ったことが無い小さな国があったり…。
なんか、そういう国を応援したくなってくるよね。

それぞれが自国の伝統的な衣装をまとっていたり、
逆に日本をリスペクトするような、例えば扇子を持っていたり、スタッフにお辞儀をしたり…
暖かく微笑ましい時間だった。

オリンピックは平和の祭典と言われる。
いざ試合が始まるとさ、熱くもなるし、相手選手に文句言いたくなったりする事もあるけど、
選手の入場行進を見てて、やっぱりオリンピックは平和の祭典なのだなぁと感じた。

金や利権が絡まない、純粋な平和の祭典であってほしいなぁと強く思う。

去年だったかな? 歴史に残る歌姫ベスト100、みたいな番組があった。

そらぁMISIAがナンバー1でしょ!と疑わなかった。

MISIAを初めて聴いた時には衝撃を受けた。
すんごい人が出てきたなと思った。

その半年くらい後だったと記憶しているのだが、
彗星のようにデビューした宇多田ヒカルに、世の中は大騒ぎした。
でも自分は、なんでそんなに騒いでるの?MISIAの方がスゴイじゃんって思った。

自分の中では、MISIAは日本一歌がうまいと思ってる。

さて先述の番組だが、蓋を開ければ、MISIAは2位だった。
うっそ、他に誰がいるの?MISIA以上なんていないべさ、と思ったら、
1位は美空ひばりだった。

自分は美空ひばりをリアルタイムでは知らない。
世の中にどれほど衝撃を与えたかもピンと来ない。
歌がウマいかどうかって、数値化できないし、
こういう順位って、実力だけではなく、インパクトも大いに関係しているはず。

はっはぁ…そういうことか。
美空ひばりは既に神格化されていて、超えることが許されない存在なのだ。
美空ひばりが2位になんかランクインされようものなら、
神と崇めているファンから苦情が殺到するに違いない。
きっとこれからも、
どんなに超人的な歌手が現れても、美空ひばりを超えてはいけないのだ。

老眼の進行がひどい。
自分は昔からケニア人並みに視力が良くて、そのせいもあると思う。
視力の良さと老眼の進行は関係ないという説もあるが、
自分は大いに関係あると思う。
進行の度合いが、というよりも、
ピントが合う範囲の中心値が、遠方にあるということだから、
その分近くにピントを合わせるためのハードルが高いのだと思う。

さて、「老眼」という言葉、なんとかならんだろうか。
もっとマシな名称にしてほしい。
「老眼」て…あんまりじゃないか?
30代後半から始まる人だっているのに、「老」はないでしょ。
こういう文字が入ってるからバカにされやすいんだよ。


もっとヒドイのがある。
不適切な病名の最たるものが「糖尿病」
病名に「尿」が入ってるのはイメージが良くないし、当事者を傷つけると思う。

これが、尿が漏れるとか、尿が出ないとか、
尿に直接関係ある症状が最大の問題である病気なら、
「尿」の文字が入っていても仕方ないけど、
糖尿病の場合は「尿に糖が混じって困る」という病気ではない。
どうせ尿は排出するものなのだから、そこに何が混じっていてもそれ自体は問題ではない。
その原因が重要。

血糖値が高くなったり、コントロールできない事が問題なのであって、
尿から糖が検出されるのは単なる結果の一部に過ぎず、それ自体が問題なのではない。
「高血糖症」とかの方が、本質を捉えていて分かりやすく、デリカシーがあると思う。
どうしてこういう名前に出来なかったのかな。
「糖尿病」という名前は、本質から外れた名称。
的を射ていないだけでなく、変な誤解や偏見を招く。
病名を変更することなんて、そんな難しい事じゃないと思うんだけどね。

最近の曲はずいぶん昔と変わってきたなぁと思う。
個人的な印象としては、米津玄師辺りから? 川谷絵音からという噂もあるが…
King Gnuなんて、もうコレどうなってんの?って感じの曲でしょ。歌えませんて。
YOASOBIも、あんなチャラチャラした外見(失礼)の内側にとてつもない才能を秘めてるし、
更には書籍業界をも元気にしてしまう可能性まであるわけで。
いや~スゴイな。

多分音楽は常に進化・変化してきたんだと思うけど、ここ数年は特に…ね。
今までの「音楽の常識」を打ち破る曲がどんどん生まれてきてると思うわけ。
ボカロ等、コンピューターで音楽を作るようになってきて、
常識的なコード進行に捕らわれない曲作りがしやすくなったというのもあるだろうけど。
もう一つの特徴として、Youtube等SNS出身のアーティストが増えてるって事に、
すごく大きな意味があると思うんですよ。

一見こういう出て来かたって、お手軽に過ぎて、古い人間には抵抗があるかもしれない。
でもさ、よく考えたら、才能さえあれば一切のコネが無くても、表に出られるという意味では、
実は健全なのかもしれない。

従来の常識で言えば、ライブハウスで頑張ってる所をスカウトマンに見つけてもらったり、
事務所にデモテープ送ったり、オーディションを受けたり、そんな感じでしょ。
それはそれでいいんだけど、
スカウトにしても、オーディションにしても、
「審査する少数の人に、ハマるかどうか」にかかってるわけだよね。
大多数の視聴者の耳に届く前に、少数の人間によって選別されてしまうわけだ。
それが、SNSによって、直接視聴者に届いて、
常識とかセオリーとかは知らんけど「なんかイイじゃん」でバズる。

従来の常識を打ち破る音楽を生み出す才能に溢れた原石っていうのは、
今までも沢山いたのかもしれない。
オーディションで「音楽の常識・セオリーに反してる。こんなのダメだよ。」って切り捨てられて、
表に出てこなかった才能、大人達によって埋もれさせられた才能は沢山あったのかも。

多くの人達がイイと思えばイイわけで、
専門家が言うところの、常識とかセオリーなんてどうでもいいんだよな。本当は。
そういう才能が「常識」に凝り固まった大人達のフィルターに阻まれずに、
世の中に出やすくなってるというのは、
実は音楽業界にとって、とってもいいことなのかもしれない。

芥川賞受賞作品「推し、燃ゆ」を読んでみた。

賞を取ったからといって必ずしも面白いとは限らない。
過去に、受賞作が全くつまらなくて、途中で読むのを断念した作品もある。
受賞作は大量に売れるから、
ちょっと待っていればすぐに古本屋にも大量に並ぶだろうというイヤラシイ考えもある。
でもこれは、テーマ的に興味があったので、すぐに読もうと思った。


「推し」に情熱を注ぐ人の話。

このテーマを聞いたときに、SHISHAMOのヒット曲 「明日も」 が思い浮かんだ。
聴くたびに泣きそうになるくらい感動する、大好きな曲。
社会や学校に馴染めない女の子が、週末に「ヒーロー」に会いに行く事を心の支えに頑張るって曲。

走り方をヒーローが教えてくれる♪

そのヒーローが有名芸能人なのか、地下アイドルなのか、はたまたアニメ等の架空の人物なのか、
曲の中では明らかにされていない。
ヒーローが走り方を教えてくれると言うが、
そのヒーローは、悩み相談も生き方の指南も、多分してないと思う。
ただ彼を見て、元気になったり、何かを教えてもらってる気になってるだけだと思う。
だけど 「ヒーローに自分を重ねて明日も」 頑張ろうとしている姿、その健気さに、ジーンとくる。


「推し」に給料の大半を注ぐ人達が、実際にいる。すごいな~って思う。
女子2人のこんな会話を聞いた事がある。
「全財産注ぐ!とにかく金持ちになって欲しいんだよね!自家用ジェット買わせてあげたい!」

自分にも好きな芸能人がいるが、
観たいから観る、聴きたいものを聴く、欲しいものがあったら買う。それだけ。
そこに 「潤って欲しいから」 という感覚は無い。

例えば、何か音楽ソフトやグッズを買ったとして、
そのお金が全てその人の所に行くのなら、まだ理解できる。
でも利益のほとんどは事務所とかプロデューサーに行き、
本人への実入りは極一部であるはず。
そう考えると、たとえ 「潤って欲しい」 と思ったところで、
自分レベルが出したお金など、本人に対する貢献度が低すぎて空しい、と感じてしまう自分は、
純粋さを失ってるだけなんだろうか。

だから、絶対に自分のものにはならないし、
自分を単なるファンの一人としてしか見ていない、または認識すらしていないであろう相手に、
なぜそこまで身を削って情熱・金銭を捧げられるのか、とても不思議で、興味があるのです。

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